わが道を行くスクラップブック☆9
インデックス・・・昭和55年6月9日(月)~10月22日(水)
今回、甲子園
全国大会記事が盛りだくさん(荒木大ちゃんデビュー)なので、
甲子園編だけ別にすることにしました。
まずは相変わらず
バレーボール記事。
女子はキューバ時代のようで。
王選手(40歳)
通算850号。
この時はみんなが「次は900号」と楽しみにしていましたよね。
宝塚出身の室町あかねさん。
ダンスの上手な方でした。
男役の方が退団後、男性と踊る時、なかなか女性側になりきれないって聞いたことがあります。支えようとしたりするらしいです。
「お笑いスター誕生」見てました~![]()
このあとでしたっけ?
今の「笑っていいとも!」の前身「笑ってる場合ですよ!」が始まったのは。
曜日ごとにB&Bとか紳&竜とかが司会してたよね。
すでに←これが№【56】なんですが、気に入った曲だけ切り抜いていたようです![]()
歌って時代がすぐイメージできますよね。
♪ダンシング・オールナイト
もんた&ブラザーズ
♪哀愁でいと
田原俊彦
♪裸足の季節
松田聖子
♪涼風
岩崎良美
トシちゃんのこの曲、好きでしたね~。金八の生徒の中でもトシちゃんが好きでした。が、、、だんだん。。。
聖子ちゃんは同い年で本人のことはあまり・・・(いや、当時はかなり○ってた
)でしたが、曲は大の大の大好きで、この頃の歌は全部歌えますよ、はい![]()
良美ちゃんの曲は私は、♪タッチよりもこの曲の方が好きです。
甲子園出場を決める神奈川大会優勝の記事。
記事のラストに、「甲子園でも活躍しそうだ。」って、
その通りでしたね。
すごく興味深い記事が下の方に載ってました。
勢いよくたたきすぎて、タイコのバチが二本も折れた早実の応援席-伝統の「紺碧の空」の合唱をぬい、最新曲「ダンシングオールナイト」が演奏された。
えっ
「ダンシングオールナイト」![]()
へぇ~。
さらにはこんないい話。
のしかかるようなスタンドの最上段近く、慶応高校の応援指導部の十人が、めいめい早実校歌、応援歌集を手に、大きな声を出す。W-Kのよしみで「応援の応援」。明治、立教と、付属校の応援仲間もかけつけていた。
明大中野の野球部員は偵察もかねてって感じでは書いてありましたが、六大学仲間ですね。
いやー、びっくりしましたよ。
都立高校では、我が学区(東京多摩地区)の一番トップの学校でしたから。
当時この学区では、立川高校・国立高校がトップ。比較するなら、都心・区部の方では西高校とか、日比谷高校がトップ。
そういう普通の進学校が甲子園ですからね。
ほんと、この時はびっくりましました。
で、甲子園の記事は飛ばして。。。
『百恵にみる 当世タレント考』
№1~6までありました。
一時代を築いたスターの結婚・引退でしたからね。
そういえば、今はまっているドラマ「流星の絆」にご主人の三浦友和さん、出てます。
ステキな息の長い俳優さんになりましたね。
内助の功のおかげでしょうか。
麻実れいさん。
この方、小柳ルミ子さんと同期。
小柳ルミ子さんは音楽学校を卒業後、入団せず即芸能界へ行かれましたけど。
この方、宝塚退団後も、舞台で活躍中。
時々お名前を見かけます。
♪あんたのバラードや♪燃えろいい女などで有名な「ツイスト」のボーカル、世良公則さん。
ファンでした![]()
あらためてお名前の漢字みて、、、「せらまさのり」って知っているから読めるけど、難しいよね。
人気不振に加え、経済的な問題も絡み・・・と書いてあります。
一大ブームを巻き起こしましたよね。
10年くらい前、ママ仲間達とカラオケに行った時、ピンクレディーメドレーをかけたのですが、歌とともに踊り始める我ら。
出身地が違っても同じだねぇ~なんて盛り上がっている中で、唯一、目を真ん丸くしているママがひとり。
「みんな、なんで、こうも揃って踊れるの~
」
彼女はちょっと我らより年下だったのです。
今ちょうどWBC監督で話題の原監督、、、いえ原選手。
活躍してますね。
「今大会三本目の本塁打をかっ飛ばした原」だそうです。
こういう大会でこういう活躍ができる選手って、、、今いるのでしょうか。
原監督って、巨人の四番の時、あまりチャンスで打てないイメージがあったのですが(失礼
)
がんばれ、ジャパン![]()
写真は、今、司会などで大忙しの紳助さん率いる「紳助バンド」。
この頃からいろんなことにチャレンジしてます。
たくさんアンテナのある人だったのですね。
親衛隊って言葉もなんけど、今は、芸人さんもアイドルもおっかけは変わらないよね。
54歳だったんだ。若かったのね。
現在、娘さんが少々お騒がせ中。
「ドウモスイマセン」っていってるかな。
10月5日には三遊亭小円遊さん。
笑点での、
きどったキャラが面白かったなぁ。
10月21日には嵐寛寿郎さん。
「アラカン」と親しまれた俳優さん。
「鞍馬天狗」とかっていうけど、私の時はすでにおじいちゃんのイメージが強かったな。
10月12日に今シーズン第30号ホームラン![]()
これが、昭和37年から19年連続で30本塁打を記録![]()
すごいですよね。
あらためて、本当にすごいです![]()
この記事には「来年の目標、40本」って書いてあるのに。。。
この時はそう思っていたのでしょうか。
いつ引退を考えたのでしょうか。
引退と言えば、
百恵ちゃんの引退コンサート。
武道館にて。
夕刊にはこんなに大きく、4枚紙面でどーんと。
さすが、大スターです![]()
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コメント
こんばんは!!
ダハハハ・・・今回もいにしえの記憶を蘇らせて
戴き、ありがとうございます。
小円遊さん、笑点での歌丸さんとのつっこみ。
あの顔で気障なセリフ。好きな落語家さんで
したが、突然死でしたね。確か、大量に吐血した
とかなんとかだったと思いますので、無理をして
仕事をこなしていたのではと気の毒に思い
ました。
国立の快挙、市川君-馬場君?のバッテリー
だったでしょうか。二人とも東大に進学しますが
相手の駒大高が微妙に気の毒でした。
甲子園では箕島だかどこかの強豪校と一回戦で
あたってしまって大敗しましたね。
因みに妻が国立高出身で、大学も同じなのですが
国立高校出身としか言いません。早稲田は女性
とっては隠したい過去なのかもしれませんね
(笑)
投稿: dawwase86 | 2008年12月17日 (水) 00時42分
宮川泰氏の「サウンド解剖」という記事が読んでみたいわあ
!
ターコがトップになった時って私高校生だわあ・・。組替えでジュンコさんと同じ雪組になったという記憶が・・違ってたらゴメン。
ピンクレディー、山口百恵・・。懐かしいなあ~。ピンクは復活してるみたいだけれど、百恵ちゃんが引退後、赤ちゃんの定期健診で保健所に行ったとき、新聞芸能記者のカメラの砲列から赤ちゃんを守っていたあの写真が、今でも心に残っています。あの後、追っかけが減ったと思う・・これも記憶違いかも・・。でも、百恵ちゃん、かっこよかった~
投稿: ナニワ | 2008年12月17日 (水) 13時39分
dawase86さんへ
小円遊さん、まだ43歳でした。今思うと若すぎますね。残念です。
・・・ということは奥様は東京の方なのですね
今なら「大きな声で」早稲田と言えるような気がしますが
公演中に倒れ、食道静脈瘤破裂と書いてあるので、おっしゃる通りのようです。さすが
国立高校もご記憶通り、一回戦で箕島と当たり0-5で敗退。メンバー表を見たらバッテリーは市川投手・川幡捕手でした。
あ、奥様がその国立高校でしたか。すばらしい
ナニワさんへ
サウンドにはまっているのですね
そうでした。ナニワさんはそちらの方でしたね。
愛称をご存知とは。
ジュンコさんとは汀夏子さんですよね?彼女の下の準トップでしたが、彼女が退団したのでトップになったという記事がこれです。
百恵ちゃん、一般人になってもいろいろおっかけられて可哀相でしたよね。
いまだに時々週刊誌で名前を見ますものね。
でも完全に引退してすごいなぁと思います。
投稿: ウルトラの母 | 2008年12月19日 (金) 21時23分